自分と対話するアニメーション 絵を、行為を、刻み付けていく

気づけば、繰り返していたこと。積み重ねること自体に、自分だけの意味があること。

私たちが心惹かれる特定の行為は、感じたことのない感覚や、人間として生きる楽しさを呼び起こす不思議なスイッチでもあるようです。

教えてくれたのは、アニメーション制作に取り組む小川泉さん。

すべての工程を一人で担当すること、完成までに膨大な数の絵を自分だけで描き切る「行為そのもの」に意味がある、と語る小川さんに核心を聞くため、ご自宅へ伺いました。

小川泉
アニメーション制作 / 映像編集
小川泉
ロトスコープによるアニメーションを軸に制作。
映画編集もフィルム映写も映像にまつわるあらゆることに関わっていたい。
ストップモーションとモーショングラフィックスも好き。

名前と作品の、不思議な関係

—コロナ自粛期間中に制作された10秒アニメーション“かに”。

小川:実写の映像を描き起こしてアニメーションにするロトスコープという手法で制作したものです。水族館で撮影したカニの映像を1コマずつ線画にしていったら、カニの足が多くて100枚描くのがとても果てしなく感じました。

— 1秒の映像を10枚の絵に分割する場合、“10秒アニメーション”では100枚の絵が必要になります。
1枚ずつ絵を描く行為を積み重ねるプロセスは、まるでストイックな修行のようです。

小川:根気強さは必要ですが、ロトスコープは実写を元にするので自力で絵を描ける必要がないことが魅力です。枚数さえ描ければ、絵なのに動きが生々しくリアルになるところが面白さの一つですね。

10秒アニメーション“かに”
2020年/0:10/ロトスコープ

—過去作品を含めて、小川さんは水に関するモチーフを積極的に制作されています。

小川:自分の「小川泉」という名前は全面的に水属性なところが気に入っていて、水に何かしら意味を持たせたい。水を描きたいという願望があって。

10秒アニメーション“雨”
2020年/0:10/水彩ストップモーション

—水は生き物や大地の渇きを癒し、豊かさの源となるとともに、お名前は繋がりや動きを想像させます。

新作の構想が、すでに頭の中にあると聞きました。

小川:女性が命を繋いでいくことをアニメーションにしようと思っています。

自分の問題から、作品は生まれる

小川:私は30数年間、女性として生きてきて、理不尽な目にも、女性だからという理由で危ない目に遭うこともありましたし、女であるという理由で生きにくさを感じている人がいらっしゃるのであれば、そこをなんとかアニメーションを見ることでちょっとでも楽にできるというか、考え方の軸が少々でも変わるみたいなことが起こればいいなと思っていて。

—「女性」という響きに、何か強い信念を感じます。

小川:女のポジションみたいなのって、環境で全然違うじゃないですか。国なり宗教なり、社会構造、国の歴史や時代によって違う。

女ってどの時代も、どこに行っても不自由なのか?というと、そうじゃないじゃないですか。だから、いまあなたが生きにくいのは「あなたのせいじゃないんだよ」っていうことが、なんとかして伝わるアニメーションを作ろうと思っている、という感じです。

私はいままで体験してきたジェンダーギャップに、すごく憤りを感じているし、全然そこは諦めていないというか、すごく腹が立っているんですよ。

—水と女性。小川さんが描こうとする2つのモチーフは、別物のように見えます。

一方で、自分の問題という「体感」において、根底ではつながっているような印象を受けます。


自分の名前「小川泉」を構成する水に、何かしら意味を持たせたい。

10秒アニメーション“日本海”
2020年/0:10/ロトスコープ

—同様に、自分が女性として生まれた故に感じてきた耐えがたい不自由さが自分の問題。

体感としてあるから。

小川:自分の実感としてある、一番大きいのはそこなんですよね。

女だからっていう理由で人としての自由や安全を侵害されるのが耐えられないっていうのがあるから。

— 水も女性も。自分の問題という「体感」が、小川さんのアニメーション制作を根幹で支えているように思います。

同じ文脈で、小川さんの初期のアニメーションにドアや梯子や階段が多用されているのもご自身の体感に関係があるのでしょうか。

半径5mの世界から、抜け出したい

底の話
2008年/6:03/立体アニメーション

—ドアや階段のモチーフと合わせて、大学3回生の作品「底の話」と4回生の卒業制作「good-bye」では共通して、違う世界を求めて移動する人物が描かれています。

good-bye
2009年/6:48/立体アニメーション

小川:中学高校時代に、いま自分が居る世界から抜け出したいっていう時があって。

思春期の不安定な時期に、何を描くと決めずに、頭の中にあるものをブワーっとペンで紙に吐き出すような落書きを膨大に描いていて。そのモチーフとしてよく出てきたのが、ドアと、梯子と、階段だったんですけど。あと線路とか。

小川:これも階段なんですけど、こっちは螺旋状になっていく、ずっと上に上がっていく人ですね。

描いた絵は、すべて大切に残している

後にこの落書きの方法がシュルレアリスムにおけるオートマティスム(自動筆記)に近いものだと知ったんですけど、頭の中では現実を超えた世界に到達したい。自分の半径5mじゃない世界に抜け出したい、というのは、ずっとあるんだと思いますね。

今でも。

オートマティスム(自動筆記)とは?


何を描くと決めずに、意識や考えることを手放して文章や絵を描く動作。

「理性によって行使されるどんな統制もなく、美学上ないし道徳上のどんな気づかいからもはなれた思考の書きとり。」

(ブルトン,A. 1992. 『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』. 巖谷國士(訳). 岩波書店. p. 46)

—脱出を象徴するドアや梯子のモチーフが、言葉ではなく絵を描く行動から抽出される点にも、深い奥行きがありそうです。

自分と対話するように、手を動かす

小川:すごく短いですけど、知的障害、発達障害のある子どもに絵画造形を教える教室で講師をさせてもらっていた時があって。

平たく言えば芸術療法で子どもたちと向き合う現場だったんですけど、それは私の人生の中で全然嘘がない仕事というか、自分で手を動かすことによって、自分の感情をコントロールできるようになったり、言葉で表せないものを吐き出せたり、人とつながる手段になることを子どもたちに知ってもらいたいと思って仕事をするのって、すごいやりがいがあったし、「自分が教えられることって、これしかない」くらいのことだったんですよ。

小川:私自身が絵を描くこと。手を動かすことで、非行に走ることもなく心身ともに健康に生きてこられたっていうのもありますし、できるだけ周りを攻撃することもなく、他者との関係を自分で制御できたのもあったので。

相手を攻撃するのではなく、自分の中でコントロールできるようになる、という意味で、絵を描くことは有効なんですよ。

仕事して依頼されるアニメーションは、もちろん受け取る人の為に作りますけど、個人の自主制作アニメーションに限って言うなら、絵を描く行為によって自分を治療しようとしている、というと大袈裟ですけど、私は自分の為にアニメーションを作っているんです。

アニメーションは膨大に絵を描かなければならないので、絵を描き続けることが蓄積されていく=自分の行為によって、最終的に成果物としてアニメーションになることが大事、というか。

—何かを伝えたい、表現したい。という以前に、手を動かす行為を積み重ねる「プロセスそのもの」に究極的な価値を感じていらっしゃる。

小川:「自分の行為を刻み付けていっている」その手段としてアニメーションはとても有効で。

実写映画なら、例えばカメラを30秒回せば30秒の映像になる世界ですけど、一コマずつ、手垢をつけて自分が絵を描く絵を描く絵を描く・・・うぁーーーーーーって絵を描く工程がないと形にならないアニメーションを選んだのは、「自分が行為をする、やる!!」っていうことの積み重ねによって形作られるからだと思っています。

アニメーションが生まれるまで

10秒アニメーション“かに”
2020年/0:10/ロトスコープ

小川:アニメーション制作には、本当にいろいろな方法があります。アニメーションの定義が「1コマずつ積み重ねて動画にする」というだけで、何を使うかは定義されていないことからも、アニメーションは困るくらい自由です。

手書き、3DCG、ストップモーション、ロトスコープ、など技法は様々で、特にストップモーションは、よくある人形や粘土だけでなく、砂、水、切り紙、実写の人間、文房具、など本当に何でもアニメーションになります。

animation soup リレーアニメーション「家リンピック2020」
(7名の作家で共同制作したリレーアニメーション。小川さんは第3走者として参加。)

「家リンピック2020」や先ほど登場した「底の話」「good-bye」はストップモーションで制作した作品で、実物の人形を一コマずつ動かして撮影して作っています。

いろいろあるアニメーション制作の中で、今回は私が最近好きなロトスコープでのアニメーション制作についてご紹介します。実写の映像を描き起こしてアニメーションにする手法です。

【デジタル版】ロトスコープのアニメーション制作(大まかな流れ)
(1)実写の動画を撮影する
(2)動画を一コマずつ、なぞり描きして絵にする
(3)描いた絵を並べて再生すると、絵が動いているように見える!

1)実写の動画を撮影する

“かに”の動画は水族館で撮影しました

人でも動物でも水の動きでもなんでもOK。とりあえず10秒くらい撮影した場合の例をご紹介します。

(2)動画を一コマずつ、なぞり描きして絵にする

1秒間で使う絵を増やすほど、動きが滑らかになります

10秒のアニメーションを作るのに、1秒で10枚の絵を使うとすれば、全部で100枚描きます。

iPadなどタブレットがあれば大きくて描きやすいですね

例えばディズニー映画の手書きアニメーションは1秒24枚の絵を使用していて、日本のテレビアニメは1秒8枚くらいに減らしているものもあります。

手始めに1秒1枚でやってみても、ちょっと動いている感じのアニメーションにはなります。

(3)描いた絵を並べて再生すると、絵が動いているように見える!

私がロトスコープで制作する時は、映像をAdobe After Effectsに入れて静止画連番を書き出し、ペンタブをつかってPhotoshop上で絵に描き起こして、またAfter Effectsに戻す、という方法をとっています。

小さくて古いモデルですが、私にはこれで充分!です。

アナログでも面白い!(「家リンピック2020」制作風景)

デジタルの環境がなくても、紙に印刷した写真をなぞり描きしたり、スマホに動画を表示させながら紙を当てて描けばトレースできるので、アナログで描いた絵をパラパラ漫画のように一束に重ねてめくればアニメーションになりますね。

スマホ画面に小さい紙をのせてなぞり描きすれば、動画を印刷しなくてもできますよ。

— 絵を描くのが苦手な人も、ロトスコープなら楽しめるとか。

小川:ロトスコープは実写を元にするので、枚数を描く根気さえあれば、絵が苦手でも気軽に挑戦できることが魅力です。

実写がアニメーションになるというだけで楽しいですが、もうひとつロトスコープの魅力を引き出すとすれば、現実に起こりえない結果に導くことです。

夢路/片足ズボンmusic video
2014年/5:09/ロトスコープ

小川:最初はリアルなのに、だんだん違う物体になった、とか、動画Aと動画Bを繋げてトランスフォームさせるとか。

「夢路/片足ズボンmusic video」はロトスコープで制作した最初のアニメーションで、実写の動きの生っぽさと現実では起こらない事象を混ぜて映像にすることを目指して作りました。

言葉でいうのは難しいですが、完成するとすごく面白いので、やってみてほしいです。

行為を刻み付けた、その後に広がる世界

Indie-Anifest2018 Relay Animation 「The Last Message」

2018年/4:22/2D, Drawing, Collage
(韓国・日本の作家7名で共同制作)

小川:2018年韓国のアニメーション映画祭「Indie-AniFest」のリレーアニメーション制作プログラムに作家の一人として参加したことで、現地の映画祭に招待してもらった時に、自分が作品を作らなければ出会うはずのなかった各国の作家と出会い、作品を通して話ができる喜びを知りました。

アニメーションを作ること自体は手間も時間もかかるし、なかなか終わらないけど、あの喜びさえあれば、それを目標にしていくらでも楽しく生きられます。

— 個人制作と並行して、ワークショップも企画運営されていますね。

小川:気軽に作ってみたら自分の中でも周りの人にも何かしら変化が起こると思うよ、という軽いけど割と切実な気持ちが由来しています。自分が制作によって気分が軽くなったり誰かと関われたりしているから。

アニメーションに限らず、人に見せるために作らなくてもいいんです。下手でもいい。まず自分が楽しければそれで良くて。

— 初心者さんも楽しめる手法があれば?

小川:アニメーションを手軽に、と言うとなかなか大変な気がするので、絵を描くことを楽しむという意味では、特に言語化できないモヤモヤを抱えている時には、何を描くと決めずに、誰に見せるでもなく自分のために描く落書きがオススメです!

私はそれで感情のバランスをとって、楽しく生きてこられたと思っています。

絵に苦手意識があれば白い紙を黒く塗りつぶすだけでもいい。迷路を描くのでもいい。ストレスが溜まったら、紙に無数の点をドドドドドドドと描く、それでもいい。絵じゃなくても、例えば思いついた単語を書き連ねるだけでもいいので。

— 自分本来の在り方を確認するために、無意識の自分を呼び出して対話する。その通信手段が、絵を、行為を刻み付ける、ということかもしれないと思いました。

本日はありがとうございました。