ボドゲ界の巨人 刈谷圭司さん・秋口ぎぐるさんインタビュー ボードゲーム「キャット&チョコレート」が30万個売れて、プレイヤーがマニア98%から一般化した話

あなたは「人狼」や「カタンの開拓者たち」など、アナログゲームで遊んだことはありますか?ご自身に経験はなくとも、友達が1人ぐらいハマっていたりするかもしれません。

そんなアナログゲームは「ボードゲーム」とも呼ばれており、2010年頃から日本のゲームクリエイターが新作を次々と発表。ゲーマーもマニア中心から一般化し、誰もが気軽に遊ぶようになりました。

今回TALではボードゲーム人気の立役者とも言うべきお2人へのインタビューが実現!

お一人目は、日本最大級のボードゲームイベントゲームマーケット(通称ゲムマ、アークライト社の運営)の責任者でありゲーム編集者の刈谷圭司さん。ゲムマの動員数を数千人から数万人規模に育てた方で、日本のボドゲ文化を温かく育む、業界のお父さんです。

もうお一方は、ボードゲーム業界屈指のヒットメーカー秋口ぎぐるさん。代表作「キャット&チョコレート」は30万セットもの販売を記録。かの「マーダーミステリー」を日本で初めて商業出版した、同ジャンル人気の火付け役です。

それではヒットの秘密が凝縮された「日本ボドゲ市場、急成長の10年史」とも言うべきお2人の実話を一緒に楽しんでいきましょう。

刈谷圭司さんと秋口ぎぐるさん

ボドゲ業界のデス・スターとマルチクリエイター

TAL:お2人はTwitterで一緒に飲みに行ったとつぶやいておられたり、とても親しくされているように感じます。まずはじめに、お互いのことを紹介し合っていただけませんか?

刈谷:秋口さんはクリエイターでありパブリッシャー。自分のボードゲームを出す会社を持っている社長であったり、小説を書いたり、あと映画撮ってたりする…まあでも本質的にはクリエイターですよね。世に出すボードゲームも人気が高いですし。

秋口:今はパブリッシャーがメインですね。刈谷さんはボードゲーム業界を牛耳ってる会社の現場での一番偉い人ぐらいの感じですかね。インディーズゲームのめぼしい作品を見つけて、その大手の会社の影響力で大規模に出版したりとか、ボードゲーム業界を牛耳ってる「ゲームマーケット」っていうイベントを支配したりとか。

刈谷:うちの会社(アークライト社)、別に牛耳ってないでしょ。この場だと冗談ですむけど、言葉が独り歩きすると怖いからやめて(笑)。実際「ホビージャパン」さんや「すごろくや」さん、「グループSNE」さんや「ジーピー」さんも存在感があるし。ゲームマーケットを運営しているから何か凄く見えるかもしれないけど、たくさんあるボードゲーム会社の一つですよ。

秋口:アークライトさんはボードゲーム帝国のデス・スター。東京末広町にデス・スターが!

刈谷:末広町じゃないよ。神田小川町。

秋口:すいません。勘違いしていました。

TAL:本当にお2人は仲がよろしいのですね!親しさが伝わってきました。

推しのゲームを買うための長蛇の列

TAL:TALは刈谷さんが責任者をされている「2021年ゲームマーケット@大阪」にうかがってきました。まず衝撃を受けたのは、朝イチの入場待ちの長蛇の列。推しのクリエイターさんのゲームを売り切れる前に買いたいそうで。ボードゲームの人気ぶりを肌で感じました!

ゲームマーケット2021春・大阪の様子

刈谷:2021大阪の来場者数は4,500人でした。コロナで来場者数は減少していますね。こういうご時世ですので、積極的に「ぜひお越しください」と言えないのが難しいところです。

TAL:あの盛況さでも減少なのですね!凄い人気です。現地でとても興味深かったのは、大手ゲーム会社や有名ゲームクリエイターが壁際の広いエリアにどんと構える壁際サークル(通称:壁サー)と、会場中央のインディーズ作家とのコントラストでした。その中で、秋口さんは堂々たる壁サーで。試遊スペース(ゲームをお試しプレイできる特設コーナー)には、秋口さんの人気作が山積みでワクワクしました。

秋口さんのブース

ゲーム作家が夢を叶える場所

TAL:ゲームマーケットを見学していて、会場中央のインディーズ作家さんのコーナーで、尖っているなぁ!と感じたのは「人間椅子」というゲームでした。個人的に江戸川乱歩(1925年に短編小説「人間椅子」を発表)が好きで。椅子を作って人間を座らせるっていうゲームですね。女性が座ると加点されて、男性が座るとマイナスになります。

人間椅子

刈谷:インディーズゲームのテーマは尖っていますね〜!これは絶対にメーカーでは出せない。

TAL:なるほど、ものすごく尖ったテーマを出せるのはインディーズならではということですね。ちなみに、現地ではゲームメーカーさんが面白いインディーズゲームを見つけたら青田買いするという話を聞きました。

刈谷:いろいろなパターンがあると思いますけど、基本はゲームルールに対しライセンス契約を結ばせていただきます。ボードゲーム業界ってあまり大きくないので、権利の交渉を行っているのは5から10社ぐらいだと思います。

秋口:刈谷さんは、その最大手をやっていて、ゲームマーケットで見つけたインディーズゲームの権利を買い取るというよりは印税契約をされていますね。

刈谷:そう。「印税をお支払いするので、当社で商業版を出させてください」という申し出をします。小説とか漫画単行本とかと一緒ですね。

秋口:ネットで発表した人気小説を出版社が契約して書籍の形で出し直すことがよくありますが、あれと似ていますね。ゲームもインディーズで発表されたものを大手が契約して形を整えて出し直します。

TAL:おお、そうやって作家さんが発掘されて世に出ていかれるのですね。ゲームマーケットは夢がありますね!

ゲームマーケットの責任者に俺はなる!

TAL:刈谷さんはゲームのマーケットを広げたいと、秋口さんがおっしゃっていましたが、そう思われたきっかけは?

刈谷:20代前半ぐらいにボードゲームに初めて出会って、すごくいいなと思って。グループSNEという会社でボードゲームを作る仕事をやらせてもらえるようになったのですが、ある時アークライト社で「紙でやるRPG」の定期刊行書籍を作るために出向することになりました。

10年くらいアークライトでRPGを編集していまして。RPGも好きなので楽しかったのですが。

40歳になったとき、やはりどうしてもやりたいのはボードゲームだということで…「独立してボードゲームを作ります」と会社に伝えたら「アークライトでやればいいじゃない」という話になりまして。

TAL:ゲームマーケットを担当されるようになったのもその頃からですか?

刈谷:そうですね。「ゲームマーケット」はもともと草場純さんという伝説的なボードゲーム愛好家の方が作ったイベントなんですよ。有志の人が運営し、最初は400人ぐらいのお客さんでやっていたのが、どんどん大きくなって、10年で1,000人を超えるくらいになりました。

それで、ボランティアでやるにも限界があるから、どこか会社に引き取ってほしいとなったときに、縁あってアークライトで運営することになりました。

うちの会社が運営することになった当時、私はまだRPGの編集部にいたのですが、すごくポテンシャルがあるはずなのに、こじんまりとした運営をしているのをもったいなく感じていまして。もっと広い対象に向かってボードゲームをアピールしていいはずだと思っていたので。

アークライトでボードゲームを作る立場になった際、ついでじゃないですけど「ゲームマーケットも私に任せてもらえませんか」と相談したら、割とサラッと「いいよ」と言ってもらえまして。「言ってみるもんやな」という感じでした。

TAL:めちゃくちゃ熱い!

マニア同士のボードゲーム交換会

TAL:刈谷さんが就任された当時のゲームマーケットはどんな様子だったのですか?

刈谷:私が引き取った時のゲームマーケットの規模は3,000人ぐらいで、アークライトにとってウェイトの高い事業ではありませんでした。「別にやってもいいけど」くらいの。でもね、私はゲームマーケットはもっとデカくできると思ってました。

ゲームマーケットはマニア同士のボードゲームの交換会からスタートしました。当時はボードゲームで遊んでる人はほとんどおらず、知る人ぞ知る遊びだったわけです。

それで、マニアは海外で有名なゲームを個人輸入して遊ぶ。自分で10回ぐらい遊んだら「もういいかな」ってなるじゃないですか。でもそのゲームが他のマニアにとってはすごく欲しいゲームだったりします。

当時はインターネットもほとんど普及していないですし、マニアが一堂に集まってお互いのものを交換したら、すごく効率がいいんじゃないかという形で始められました。

マニアは海外のボードゲームを愛し、交換していた

TAL:ゲームマーケット誕生秘話ですね。その後どうなったのですか?

刈谷:当時は海外のボードゲームこそが至高のもので、日本人が作った同人ゲームは2段も3段も下に扱われている状況でした。

もちろん当時から川崎晋さんやカナイセイジさんなど、高く評価される方もおられましたが、そうした方ですらまだ手作りで作品を発表されていましたからね。やはり相当奇特な趣味だと思われていたのではないでしょうか。

でも、その当時から「ボードゲームはもっと一般的になっていいと思っていました。今、ゲームマーケットの来場者数は東京は3万人ぐらいですが、ボードゲームが持っているポテンシャルからすれば3万人は、私は多いと思っていなくて。

もっと一般の人に広まるはずなのに、マニアが1,000人集まって「あのゲームはここがいい、あのゲームはまるでダメだ」という感じで閉じてる雰囲気だったので、もっと開放していいんじゃないかなって気持ちがあったんですよ。

3,000人が30,000人のイベントに大化け

TAL:なるほど。では3,000人から30,000人にはどのように成長したのでしょうか?

刈谷:タイミングが良かったりもしたんですけど。私が受けた2013年ぐらい。その時たまたま、それまでずっと浅草台東館っていうところでゲームマーケットをやっていて。床代は安かったんですけど、来場者が3,000人ぐらいになってきて、もう溢れてきて。

場所を変えるならビッグサイトがいいけれど、1年前から予約が必要なのですぐに取れませんでした。

その時、たまたまうちの社長が仲良くさせてもらってるブシロード社が「ビッグサイトでトレーディングカードゲームのイベントをやるから、半分使っていいよ」と言ってくれて。ゲームマーケット2013はビッグサイトでやらせてもらえて、その年は5,000人が集まりました。

やはり、ビッグサイトに移ってからは年々来場者数の増え方が加速しました。ビッグサイトでできたのは本当に運が良かった。

TAL:ビッグサイトが成長の契機になったのですね。

刈谷:そうですね。実のところ私はイベントを運営したこともありませんし、「私がこうしたからゲームマーケットは拡大した!」といったかっこいいエピソードもありません。アイデアマンのスタッフと、実務を堅実にこなしてくれるスタッフが、献身的に頑張ってくれたおかげです。

私がしたことがあるとしたら、「とにかく規模を大きくするんだ」というビジョンを示し続けたことと、スタッフが提案する面白そうなアイデアに対し、原則否定しなかったことです。

堅実なスタッフは、どうしても物事を保守的に考えますので、3,000人の次は4,000人、4,000人の次は5,000人……というふうに考えるんですね。それに対し「まず5年で2万人にするんだ!」と言い続けました。

するとそれを受けて、アイデアマンなスタッフがいろいろ突拍子もないことを言ってきます。正直失敗の可能性が高いアイデアも多かったですが、失敗は恐れなかったですね。失敗すれば修正すればいいし、根本的に間違っていれば、可能な限り速やかにやめればいい。それで成功すればめっけものなわけですから、チャレンジすればいい。

TAL:リミットを外したら拡大していったのですか。

刈谷:ゲームマーケット東京は年2回あるんですけど、毎回15%ずつぐらい増えていったので、1年では20%くらい増えていって。2日間開催にしたときにはドーンと人が増えました。

美少女が床で「大聖堂」に興ずるドイツ

秋口:スタッフさんの意識の差って、多分エッセンを直接見てるかどうかってあると思うんですけど。エッセンを刈谷さんは見られているじゃないですか。あそこは20万人以上。本当にもう家族ぐるみでお客さんが来る。ゲームマーケットの理想形を具体的にイメージできてるのかどうかっていう。

刈谷:そうかもしれない。

TAL:エッセンとは?

刈谷:ドイツのエッセン市っていうところで毎年SPIEL(シュピール)というイベントがあります。世界で最大のボードゲームのイベントで、4日間トータルで25万人動員するんですよ。2020年はコロナでやっていないのですが。

秋口:ゲームマーケットの世界版みたいな感じで。そこに行ってるかどうかという。

刈谷:そうですね。やはりSPIELはすごい衝撃を受けました。もう老若男女。おじいさんおばあさんがカートにボードゲームをバンバン入れて買っている。

秋口:衝撃的ですよね。

刈谷:すごい金髪の美少女とかが、床に座ってマニアックなボードゲームで遊んでたりして。そんなことがあるんだと。

秋口:刈谷さんと行ったときに地べたで美少女が大聖堂(ワーカープレイスメントの初期のわりとヘビーなゲーム)をやっていたんですよね。

刈谷:当時の日本のボードゲームを取り巻く状況は、完全に「選ばれた男性オタクたちの趣味の世界」でしたからね。この落差!

大聖堂
大聖堂
ケン・フォレットの小説「大聖堂」をもとに作られらボードゲーム。プレイヤーは協力して「大聖堂」の建設を行う。資金集め、材料集めなど色々な人の協力を得ながら完成を目指す。大聖堂の完成時に、最も貢献したプレイヤーが勝利する。労働者の配置に応じて利益を得るゲーム「ワーカープレイスメント」タイプのゲーム。

TVやSNSを契機に一大ブームが到来

TAL:日本ではオタクの方が海外のゲームで遊んでいらっしゃったのでしたね。

刈谷:浅草の頃は、お客さんの9割8分ぐらいは男性でした。たまに女性客がいても、男性客の彼女で。あまり興味がないけど付き合ってるからついてきたみたいな感じでした。

秋口:年々ライト層が増えていったんですよ。家族のお客さんとか。でもゲームマーケット大阪2021は、やっぱりコロナだから、それでも本当に好きな人が来てるなという気がしましたね。

刈谷:私は女性やお子さんがいる方だと思いました。想像よりも来場いただいた感じ。コロナになる前はすごい女性客が増えてる印象があって、素晴らしいことだなと思っていました。

秋口:ファミリー層が増えてたのがちょっとコロナで減っちゃったなと。

TAL:もともと男性のマニアが中心だったのに、今はファミリー層に支持されている。客層がだいぶん違いますが、なぜ一般化したのでしょうか?

秋口:一つ言えるのはヒットした「キャット&チョコレート」はそれこそファミリー向けのものだったんですけど、テレビで嵐さんがやってくれたりとかして爆発的に広がったんです。その後はもう間違いなくYouTubeですよね。

刈谷:そうですね。Twitterとかも大きかったかな。

秋口:人気YouTuberが彼らの配信番組の中でやってくれました。となると、もうその翌週は必ず3,000本重版かかるみたいなのが続いて。間違いなく、ボードゲームをそれまで知らなかった人が「自分の好きなYouTuberさんがやってる、面白そう」って買ってくれた。

ただ、そうやってYouTuberが、自分の番組の中でプレイできるゲームってライトなゲームばかりになるわけですよね。大半が黙り込んで熟考した末に「負けました」みたいなゲームは取り上げてもらえないので。お手軽なゲームがSNSで広がって、ファミリーに受けそうなものを作る人が増えていきました。

刈谷:それがファミリー層であったり、ライト層の拡大に繋がったのは間違いない。

秋口:時代の変化かなっていう気がします。

刈谷:Twitterとかが出る前は、情報の伝達って文字ベースが多かったと思うんです。だから結局、ボードゲームの面白さが届きにくかった。テキストでどれだけゲームの駆け引きが面白かったって書いたってスルーじゃないですか。

でも写真で何かカラフルなボードやカードを見せたら「何それ楽しそう」「わたしも遊んでみたい」っていう感じになったりしますよね。それで知り合いとか遊んでたりすると「今度遊んでみる?」みたいになりやすい。Twitterの写真の影響は大きかった気がします。

秋口:あとはTwitterやYouTubeの盛り上がりと同じタイミングで、ボードゲームの印刷であったり、DTPのクオリティがどんどん上がってきたことです。昔はコピーしたり厚紙に手描きして自分でハサミで切りましたみたいなものが、浅草でいっぱい並んでたんですね。

年々、綺麗に製本されたものが増えてきて、見映えがするようになったんですよね。それとTwitterの写真の文化であったり、YouTubeの映像の文化がうまくはまったなあと。

刈谷:有名人の方がインフルエンスしてくれたのは大きかった。きゃりーぱみゅぱみゅさんなんかもやってくれて。「キャット&チョコレートが面白い」とかって。

「キャット&チョコレート」で遊ぶ様子を伝えるYouTube動画

秋口:あの後もう、累計30万個売れましたよね。本当に。

TAL:30万超えはすごいですね。ちなみにゲームって何本売れたらヒットの認識なんですか?

刈谷:値段で違いますが、2,000円のゲームなら5,000個売れればもうヒットです。10,000円のゲームなら、1,000個でヒットと言えるでしょう。

TAL:では「キャット&チョコレート」はずば抜けていたのですね。発想力が試されるゲーム、これは盛り上がりそうです。

キャット&チョコレート
キャット&チョコレート
30万個以上の販売を記録した「ひらめき×アドリブ」で勝負するパーティーゲームの決定版。

秋口:買ってください(笑)

TAL:はい買って遊びます!

次回「トップボードゲームクリエイターの体験型推理小説ゲーム「マーダーミステリー」設計思考」につづく