クリエイターの推し本 編集者 大西健斗さんの「想いが紡がれた血の通う本」

色々な分野のフリーランス・クリエイターが活躍するコワーキング/イベントスペース「オレンジパーク」。ここでトーク配信「読んで変わった!クリエイターの推し本座談会」が開催されました。

今回TALでは同配信内容をベースに、職種の異なる3人の「自身を変えた本」について3話構成でお届けします。

第2回目は、合同会社ピクセルグラムに所属する、フリーランスの編集者・ライターの大西健斗さん(以下、大西)の推し本が登場。「人の想いが紡がれた血の通った本」について語られました。

聞き手はオレンジパークの園長でロックバンド「愛はズボーン」のメンバーでもあるGIMA☆KENTAさん(以下:GIMA)です。今の大西さんの編集物にこれらの本がどんな影響を与えたのか?一緒に感じていきましょう。

写真右:編集者・ライターの大西健斗さん。写真左:MCのGIMA☆KENTAさん

スピリットを学んだ「ほぼ日刊イトイ新聞」

GIMA 2人めのゲストは、オレンジパークを運営しているピクセルグラムから大西健斗さんです。よろしくお願いします。さて、あなたは何者ですか?

大西 僕は編集者・ライターとして雑誌を作ったり記事を編集する仕事をしています。

GIMA 言葉を使う仕事やね。カルチャーみたいなものを取材しに行って、分かりやすく伝えたりとかですね。

大西 まさに本をつくる側の人なので何を持ってこようかなと思って。色々持ってきました。

GIMA 一通りざっと説明してみて。

大西 これは「ほぼ日刊イトイ新聞の本」。「ほぼ日」(※1)ができるまでを綴った本です。糸井重里さんはコピーライターをされていて。例えばスタジオジブリの魔女の宅急便のコピー「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」など、ジブリ作品の多くを糸井さんが手がけられていて。

彼が広告の仕事から降りて釣りだけをしている時期があって。その後「ほぼ日」のサイトを立ち上げるのですが。この本では立ち上げてからの苦労などを紹介しながら、何とかここまでやってきましたという話が詰まっている本です。

「ほぼ日刊イトイ新聞の本」著者:糸井 重里、解説: 重松 清

GIMA 「ほぼ日」を作る時の話。それ、めちゃめちゃ濃くて面白そうですね。

大西 濃いですね。インターネットが出てきた90年代の話なので。

GIMA 紙媒体とか文字との向き合い方は、ウェブの時代になって変わってきたと思うから「ほぼ日」を立ち上げた経緯って知りたいよね。

大西 そうなんですよ。「5万円を払ってでもそのサイトに載りたい・取材されたい」と思ってもらえるようなものを作るとか、あるいは「気持ちと気持ちで一緒に何かを作る」という今の僕の仕事とオレンジパークでやっていることにつながっています。

※1 ほぼ日:ほぼ日の正式名称は「ほぼ日刊イトイ新聞」。コピーライターの糸井重里さんが主宰し、株式会社ほぼ日によって運営されているウェブサイト
ほぼ日刊イトイ新聞の本
ほぼ日刊イトイ新聞の本
小さな自前のメディア『ほぼ日刊イトイ新聞』は、ベストセラーを生み、イベントを成功させ、「すぐそこにある幸せ」を伝える、1日100万アクセスの超人気HPになった。新しい「仕事」のかたちを探る『ほぼ日』の、試行錯誤と成長のドラマ。

人の刹那を煮詰めて編んだ「ヨレヨレ」

ヨレヨレ

大西 これは「ヨレヨレ」という2016年ぐらいに廃刊になった本です。福岡のご老人の方が集まる「宅老所よりあい」というところを取材している話です。

GIMA 「宅老所よりあい」のおじいちゃん・おばあちゃん達の日常を紹介しているんですね。

大西 そう。表紙はモンドくんという福岡出身のシンガーソングライターのボギーさんの息子さんで、印象的な絵を描く方です。これはまだ小学生の時の絵ですね。

(ある記事を開いて)これの何が良いかというと、ある90歳のおばあちゃんが亡くなるまでを看取ったレポートなのですが、そこでの出来事やおばあちゃんの発言が全部載ってて、すごい濃厚で。

僕が感銘を受けたのは、この雑誌を作るために1人の雑誌の編集者、ライターの人がずっと「宅老所よりあい」に通って何かあったら話を拾って作ったという点です。

「雑誌の売上で新しいよりあい施設を作る」という目標で発行していたので、2016年に廃刊したのはその資金を調達できたからだったんです。すごいです、施設がちゃんとできた。当時なかなか関西でもこの雑誌を買えなくて。

GIMA すごい血の通った。

大西 ファッション誌やタウン誌となると、みなさん、一時的な情報やトレンドの印象が強いかと思うのですが、この雑誌は濃く取材して、向き合って作ったものです。例えばあるおばあちゃんの自伝に近い記事ができている。ひとりひとりの生活って世の中に残りにくいと思うので。

GIMA おじいちゃんおばあちゃんというのは誰かが聞いて残していかないと。戦争の話とか、当時何を食ってたとか、何して遊んでたとか。こうやって残っていると良いよね。文化や雰囲気が残るから素晴らしいなと思う。

大西 文庫本や小説とは違う、濃厚なその人の刹那な部分が詰まっているので、この雑誌を読み返すとその時の様子が蘇る感覚があるんですよ。

GIMA 昔、「papua(パプア)」というフリーペーパーを大西くんは作っていたけれども、あれを作る時の大西くんはすごい血の通った仕事をしていた。アイデア出しから実行までを仲間で考え抜いてやっていたよね。そういうのが伝わる雑誌はずっと残ってってほしい。

大西 そうですね。その人の初期衝動や、気持ちだけで動いて作ったものは荒削りで、今思うと恥ずかしさを感じたりもしますが。そういうものは後世にも引き継がれていくというか、ロックンロールのような感じで伝承されていくと思うので。この雑誌はまさにロックンロールやと思いますね。

GIMA (別号の表紙を見ながら)ロックンロールやね〜!ここに清志郎もいるしね。これはあほの坂田。(開きながら特集記事に目を止めて)「死んだらどうする?詩人対談。」「うんこの水平線が大爆発」。あはは、やばいな。

大西 これは詩人の谷川俊太郎さんの「谷川さんの認知症度を計測してみた」という特集です。トークイベントで谷川さんが何を言っているのか?をドキュメントで残しています。

こういう雑誌を私が作っていきたいというのと。

この雑誌を通じて「よりあい」という場所ができて、90歳のおばあちゃんがお寺に集まってお茶をしたりとか。そういう場所があることで生き生きとしていったりとか。部屋に閉じこもって食べ物を腐らせたりしているのではなく、外に出て誰かと会話をしたりできる。それが明日の楽しみになる。

そういう場所を作るというのが、すごく素敵で、オレンジパークもそんな場所になっていったらいいなあと思って、この本を持ってきました。

※雑誌「ヨレヨレ」の販売は終了しているため、以下の商品紹介では、同雑誌の内容をまとめた内容の書籍「へろへろ」のリンクを掲載しています。

『へろへろ』 雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々
『へろへろ』 雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々
老人介護施設「よりあい」の人々が、場所と土地を手に入れ、必死でお金を集めながら特別養護老人ホームづくりに挑む実話。

時代性を閉じ込めた雑誌「IN/SECTS」

関西のローカルカルチャーマガジン「IN/SECTS」

大西 次は関西のローカルカルチャーを扱う雑誌「IN/SECTS」です。2012年ごろのものでこの時代が詰まっています。大阪の現状にフラストレーションが溜まっているクリエイターたちが「大阪はもっとできるでしょ!」とか「大阪はこんなに面白いのにここはあかんよな!」とか、色いろ喋っていて。

僕がこの雑誌で未だに覚えているのが、大阪出身の劇団子供鉅人の代表・益山貴司さんと映画監督の西尾孔志さん二人の対談です。テーマは「いま大阪は燃えているか」という投げかけです。

益山さんの劇団子供鉅人でいうと、オレンジパークの扉を工事してくれた建築集団・々(ノマ)が舞台美術をやってたりします。

ここでは大阪の良いところ、あかんところが語られていて。僕が特に印象的だったのは、大阪はお好み焼き文化があるから、もっと色々なものを混ぜてやっていこうよという考え方でした。当時読んだ時も、今も、色々なものを混ぜていこうという考え方は、同じです。

例えば、ファッション・プログラマー・アーティストなど色々な人が関西にいますが、個別に動いている。

オレンジパークを作りたいと思ったのも、そういう人たちがゴチャ混ぜになって何かをしたら面白いことができるんちゃうかなという思いからです。

GIMA それ、アメ村っぽいと思うし、大阪っぽいよね。大阪なりの良さはどこにあるのかな?と考えると、濃く面白いことをやっている人は多いと思うし、東京よりも人が少ないから、面白い人がいるなら一緒にやっていくといいと思う。プログラマーとミュージシャンと建築家が一緒になって何かを作るのがあり得るような世の中になってきたから、それは共感するなあ。

大西 もっとねえ、お好み焼きなんか、豚とキャベツと小麦粉を混ぜて、美味くなりそうもないものを混ぜているのに美味いみたいな。

GIMA 基本、何を入れてもうまい。

大西 大阪はそれができる街やと、この雑誌を読んで2012年に思って、今も同じことを思っているから、何年か後に同じことを思わないように(僕らは混ざって活動)しないといけないなぁと。

GIMA それをスタンダードにしたいよね。

大西 こんな風に「時代性を閉じ込める」という良さも雑誌にはあります。

GIMA 雑誌を通じてその時思ってたことに戻れたりするよね。

大西 そうです。大阪の歴史の教科書みたいな感じですね。

※2 劇団子供鉅人:2005年に益山貴司・益山寛司兄弟を中心に大阪で結成された劇団。劇団名は「子供のようで鉅人、鉅人のようで子供」の略。
※3 アメ村:アメリカ村の略称。大阪市中央区西心斎橋にある若者向けショップが集積するエリアの通称。「推し本」座談会の会場である「ORANGE PARK」はアメ村の角っこにあり、座談会メンバーにとって身近な場所。
IN/SECTS
IN/SECTS
関西のローカルカルチャー雑誌。

バイブル。「アメリカ村のママ日限萬里子」

書籍「アメリカ村のママ日限萬里子」著者:日限 満彦

大西 これは「アメリカ村のママ日限萬里子」(ひぎりまりこ)という書籍です。アメ村の村長のGIMAさんにはこの本を読んでほしいと思って誕生日に買ってプレゼントさせていただきましたね。

GIMA 日限萬里子さんは「アメリカ村」の生みの親と言われていますよね。

大西 「アメ村ができるまでを知ってますか?」みたいな本です。もともと倉庫街で何もない街に「何か、おもんないなぁ!」と日限のママが夜遅くまでコーヒーが飲める喫茶店を作って、そこに色々なクリエーターが集まってきて。

アメカジを仕入れてきて空き地でフリマをする人が出てきて、そこから今のアメリカ村になっていくまでの歴史を紹介したり。こんな街にしたかったという想いとそこにあった悔しさがあったり。仲間との良い話が詰まっていて、アメ村のバイブル的な感じです。

GIMA 俺も読んで思ったのは、考えていることや、やりたいことが一緒やなということ。爆発力、仲間を集めてやったことのないことに挑戦していく気概、活動の理由が「何か面白そうやん!」なこと。それ、分かるなあって。

大西 日限のママが「最近アメ村おもんないぞ」とある時気づいて、また決起する。その時の宣誓文とかが街を変えるんですよ。徒党を組んでこれからアメ村をもう一回変えていくぞと。そのリアリティというか、激情が生々しく描かれていて、今読んでもヒリヒリします。

おこがましいですけど、何か重なる瞬間があるというか。音楽を聞いたり本を読んでいる時に、これは自分のことちゃうか?と感じる。その肯定感が活力になると言うか、自分のエネルギーになって、このまま行っても行けそうと思える強さになる。まさにオレンジパークがやろうとしていることをやっていた。

GIMA それを街クラスでやっていたわけだよね。やばいよね。それをやったところで自分に何の得もない。アメ村を作ったり、オレンジパークを作ったり。思いついてもうたし、その方が絶対に良いものになると思って、そのパワーだけで最後まで走り抜ける力を日限さんは持っていたから、そこは本当に尊敬するね。

大西 走っている途中は分からなかったと思うんですよね。紹介したどの雑誌の人も、多分。途中は自分に何が返ってくるかも分からなくて。「何か作らなあかん」という気持ちになって動いた結果が、本ないし雑誌に残っている。

そんな、場所を作ったりとか、気持ちで動いていくというのはね、お金も大切ですが、その気持ちも大切だと思います。ピュアな想いが全部に詰まっています。

アメリカ村のママ日限萬里子
アメリカ村のママ日限萬里子
大阪の若者が集まる「アメリカ村の生みの親」と呼ばれる日限萬里子さんの生き様と、若者文化を牽引した同村のアーティストたちの姿を描く。

市井の人の生き様を伝え、残したい

GIMA どの本にも筋があるよね。本はバラバラだけど、どれも書き手がそこにいるのが分かる本ばかり。それはなんでなんやろな?

大西 どの本も言葉や書き方に感銘を受けたというよりは、生き様というか、その人のかっこよさや泥臭さに共感している部分が大きくて。

僕はライターであり編集者です。編集というのは面白い人を引っ張ってきて、その人と一緒に何かを作るという「間に立つ仕事」なんですけど、僕には何かを残したい気持ちがすごくあります。有名人の発言は残りやすいですが、そうでない人、街のひととか。

例えば、アメ村で60年続いているたこ焼き屋さん。なぜ60年もやっているの?続いているの?なぜここでしているの?とか。知らないまま無くなっていくかもしれないけど、その面白さを知った以上は、伝えたいし残していきたいし、そこが僕の仕事であり、一番ピュアにエネルギーを注げるところです。

GIMA この本を見るとその精神に戻れると。

大西 そうですね。「まだそう思っているのか、同じことを!」とか。何度も同じことを思うのは悔しいですしね。

GIMA そうだよね。そう思わんように、次は違うところを思いたいもんね。

大西 その課題を解決したら、次にまた他のもやもやが出てくるのだろうね。良いもの残していきましょう!

GIMA 血の通った本を編集者・ライターの大西くんは読んでいました。良いもの残していきましょう!

第3話に続く。

第2話の登場人物

大西健斗
編集者・ライター
大西健斗
フリーランスの編集者/ライター。91年/大阪・堺生まれ。
クリエイティブチーム・PIXELGRAM所属。
大阪・なんばで、コワーキング&イベントスペース「ORANGE PARK(https://twitter.com/ORANGEPARK301)」を仲間と運営中。

MC オレンジパーク園長 GIMA☆KENTAさん

ORANGE PARKとは?

ORANGE PARK(オレンジパーク)は、出会い・体験・発見があり、つくって・あそべて・発信できる「クリエイターのサード・プレイス」。動画配信やメディアを通した文化の発信拠点としても運営。本で人と人がつながる「まちライブラリー」をスタート予定!