クリエイターの推し本 カメラマン 森下大喜さんの「私を育んだ3人の巨匠」

色々な分野のフリーランス・クリエイターが活躍するコワーキング/イベントスペース「オレンジパーク」。ここでトーク配信「読んで変わった!クリエイターの推し本座談会」が開催されました。

今回TALでは同配信内容をベースに、職種の異なる3人の「自身を変えた本」について3話構成でお届けします。

第3話めは、合同会社ピクセルグラム所属のカメラマン森下大喜さん(以下、森下)が登場。森下さんの師匠にあたる3人の写真家のフォトブックが持ち寄られました。

聞き手はオレンジパークの園長でロックバンド「愛はズボーン」のメンバーでもあるGIMA☆KENTAさん(以下:GIMA)です。森下さんは巨匠らから何を学んでプロの道に進んでいったのでしょうか。その記録を一緒に追っていきましょう。

巨匠、百々親子に写真を学ぶ

GIMA ピクセルグラムのメンバーでカメラマンのモリシーです。自己紹介をお願いします。

写真右:カメラマン森下大喜さん、写真左:MCのGIMA☆KENTAさん

森下 僕のキャリアは写真から始まりました。大学を中退して、大卒の資格は最後に取ったのだけど。そんな時、ひょんなことから友達に写真を撮ったら?とすすめられて。僕は今32歳なのですが、それが10年前の話です。

世界をあまり知らず、趣味の写真が仕事になるわけないと思ったけど、友人が後押しをしてくれたのでビジュアルアーツ専門学校大阪の写真学科に入りました。卒業後は、写真・動画・CGを作る大阪の制作会社を経てフリーランスという流れです。というわけで僕のベースは写真です。

GIMA 今は映像の仕事もしているんだよね。

森下 もちろんもちろん。映像は需要があるからね。とはいえ、やっぱり写真が一番好きですね。今から紹介する本の人たちに僕は写真を教わったの。写真ってみんな色々なイメージがあると思うけど、ウエディングフォトとか、ライブフォトとか。

今から紹介する本は、あまり知られていないけど、ある時代にあったジャンルを今でもやっている人たちで。スナップというやつね。古くは森山大道さんとか。その文化を受け継いで昇華させていった人たちを紹介します。

作者は全員「百々(どど)」さんです。写真左の「日本海」は百々俊二さん、中央の「草葉の陰で眠る獣」は百々武(たけし)さん。写真右の「鬼にも福にも もうひとつの京都」は 百々新 (あらた)さん。実はこの3人は家族なんですよ。

GIMA 当てていい?「日本海」はお父さん。中央がお兄さんで、右が弟さん。

森下 逆です。真ん中が弟の武さんで、武さんが僕の直属の先生だったの、ビジュアルアーツ専門学校で。お父さんは校長先生だった。だから彼らにめちゃくちゃ刷り込まれてて。

お兄さんの新さんも凄くて。写真の芥川賞と言われている木村伊兵衛賞を受賞されてていて、今は博報堂プロダクツ勤務のイケイケの方です。在学時代のトークショーなどでいらっしゃったから、新さんにも多くを教わりました。

GIMA この家族には色々なノウハウを叩き込まれてんねんな。

森下 そう。ズブズブ。この人たちから僕は始まったから、アヒルが親についていくような感じで、彼らのスタイルが僕の中から離れないです。

GIMA ついていけたということは、この写真に感銘を受けたからなの?

森下 間違いなくそうですね。僕も一般的な写真のジャンルしか知らなくて、専門学校に行く前はバンドもやっていたから、写真の修行のためにいろんなライブの写真を撮らせてもらってた。誰でも思いつくような写真ばかりを撮っていたんだけど、それを高めてみようとして専門学校に入ったら、いきなりスナップから教わったの。

最も影響を受けた「鬼にも福にも もうひとつの京都」

GIMA 見ようか。

森下 一番僕のスタイルに違いのが、お兄さんの新さんのもの。「鬼にも福にも もうひとつの京都」です。これは新さんが忙しい中何度も京都に通って、撮られた写真ですね。この写真は京都の北部の田舎、綾部や福知山あたりです。

写真家は新たな発見がしたいという想いがあって、京都の既成概念から離れて、リアルで厳しい環境で生活をしている方を撮ったのかなと僕は思っています。

GIMA 確かにね、ツアーで行ったこともない街を眺めながらずっと高速を行くねんけど、そこには人が暮らしていて、家族がいて、電気がついていて、飯をたべていて。

どんな家族関係なんだろうと想像をするのだけど、実際にそこには生涯行かないよね。この本はさ、高速道路からじゃなくて、その場にいるよね。

森下 そうそう。入り込んでいるよね、確実に。(被写体の方々と)コミュニケーションもすごくされているみたいで、出会った人たちと距離感が近いの。

これは隠し撮りではなくて、自分もその土地に入り込んだ当事者として皆とコミュニケーションしていく写真スタイル。僕はこのドキュメントっていうスタイルを知らなかったのね。

GIMA ドキッとすんなあ。なんかこう、旅したくなる感じがする。

森下 そうなんよ。旅する時に写真を撮る時は被写体とはコミュニケーションしないことが多いけど、この写真なら、話しかけてみようかなってなるもんね。

GIMA 確かに、写真は撮ってしまえばものとしては変わらない。以前は、写真に昔を切り取ってるイメージを持っていたけど、今の自分が変われば写真の見方や思い出も変わるようになると思うようになったんやんか。自分が動いていることによって写真の見え方が変わる。

森下 そうね。年をとると知見が増えるやん。大人になると子供の時に嫌いだった算数や歴史が少し面白くなってくるみたいな。このタイプの写真スタイルは年を取るほど面白くなってきて、どこかに行きたくなったり、話しかけて見たくなったりする。僕はコミュ障なんだけど、その殻を破らせてくれた本でした。

GIMA カメラを通してコミュニケーションをとるということね。

森下 そうそう。(カメラ越しのコミュニケーションが)楽しかった。

百々たけしさんが表現したいのは、きっと普遍的なこと。僕は大阪というありふれた街に住んでいるけど、その一般的なイメージとは全く違うけれど、この街に確かにあるもの。脈々と昔からあるスタイルの変わらない生活をしている人たちを紹介してあげたかったと思うの。今でもこんなスタイルで生きている人がいるよって。

結論づけるわけではないけど「鬼にも福にも・・・」というタイトルなんだけど、その解釈がここにあると思うの。その人達に対して、その人達にとって良いのかも悪いのかも分からないみたいな。

ロシアの極東の地域で未だに住んでいる人いるやん。エスキモーと言われていた人たちとか。なんでそこから出ないの?みたいな。わざわざ自然と戦いながら脈々と子孫を繁栄させている。そんな風に、京都という今や近代化した街で昔ながらの生活をしている。

GIMA この人達にはここが都やねんあ、何でも揃ってる。大阪やアメ村(※1)に住んでいると何でも揃っているもんね。ドン・キホーテないでしょ、でも足りている。

森下 うん。足りてる。しんどいなあと言いつつも、まあえっかと思っている人たちが都会人としては新鮮だから。これをさらに都会人に見せたいと思っていると感じたんよね。

鬼にも福にも もうひとつの京都  百々新
鬼にも福にも もうひとつの京都 百々新
日本文化の源流が脈打つ「海の京都」「森の京都」「お茶の京都」の地を巡り、土地に根差す暮らしと人びとを写した写真集。
※1 アメ村:アメリカ村の略称。大阪市中央区西心斎橋にある若者向けショップが集積するエリアの通称。「推し本」座談会の会場である「ORANGE PARK」はアメ村の角っこにあり、座談会メンバーにとって身近な場所。

知られざる奈良の姿「草葉の陰で眠る獣」

GIMA 次は弟の武さんの本。

森下 武さんの本は、僕が在学中に作られたもので、奈良が舞台ですね。武さんは奈良に住んでいるのだけど、僕の解釈では「心の平和」を表現しています。

平和主義的なところが奈良にはある。ミツバチが飛んでいる様子など、一見平和的な写真を撮ってたりするんやけど、新さんに比べると優しいまなざしで横から撮っているように思います。僕は武さんのそういうところが好きです。

奈良のすごいところは先程のあらたさんの京都よりも厳しいエリアがあること。優しい風景の写真がある一方で、厳しい環境の写真もある。山林で働いている人や、狩りの写真もあります。狩りの犬はめちゃめちゃ凶暴でイノシシとかに食いついていくわけです。

GIMA 写真の雰囲気が大分変わってきたね。

森下 そうそうそう。いままで光あふれる優しい世界やったのに、後半では冷たくなる。これがリアルで、その対比を見て、すごく攻めたなあ!と思いました。

GIMA 調べたらたけしさん、団地を撮ってたりもするんやね。俺もけっこう団地が好きやからさあ。生活感がめちゃくちゃ良くて。たまに入ったりするんよね。6階とかに行って「わ〜生活感ある〜っ!」って感じてる。

森下 ははは。武さんはお子さんが生まれた時に奈良の団地に住んではったみたいで、そこで作品を作ってたみたいです。

草葉の陰で眠る獣 百々武
草葉の陰で眠る獣 百々武
奈良に育ち、いまも暮らしている百々武さんが、吉野以南の集落や風景を撮影した写真集。

写真家としての集大成「日本海」

森下 最後に大御所ですが、お父さんの百々俊二さん。これは俊二さんが日本海を巡って撮った写真で、制作秘話として、息子たちが毎週のように手伝いに行って作られた作品です。

俊二さんは蛇腹のカメラで撮られていて、大きなカメラをかついで持って行かれます。エイトバイテン(8インチ✕10インチ)というサイズの1枚数千円もする巨大フィルムでバチバチ撮っていって。全部白黒の渋い写真の本です。

百々俊二さんの「日本海」

GIMA 「日本地図をひっくり返して大陸側から見ると大きな湖のようだ。日本列島は大陸や朝鮮半島とつながっているように見える。日本海沿岸はかつて大陸からの文化が入ってくる表玄関だった。」と書いてありますね。

森下 俊二さんはもうご高齢だと思いますが。この世代の写真家の多くは70〜80年代には沖縄に行っていたの。沖縄といえば何をイメージする?

GIMA 海。お酒。ダンス。ポーク。

森下 そう思うよね、でもあの人達があの時代に思った沖縄って、アメリカなんよ。戦争の名残とか、いびつな社会の構造をとても見たがってたみたいなの。

GIMA カオスやんね。日本の文化とアメリカの文化。

森下 今は仲良くなった方ではあるけど、外国人がいる状況に対して当時の人々は気持ちが良くなかった、アメリカ人に対して。それを撮りたい人がいっぱいいたから。日本をね全体的に見る目が、この世代の人はとても強いと思うの。これは4〜5年前の作品なんだけど、集大成的な作品で、日本海を全部撮ろうとした。

GIMA 凄いよね。俊二さんは73歳みたい。

森下 ご高齢だから息子さんと奥さんの節子さんに手伝ってもらいながら毎週日本海にアクセスしまくっていたみたいね。それぐらいパワフルな作品なんだけれども、武さんや新さんの作品は多少なりともお父さんの影響を受けているはずで。

現地の人との集合写真もけっこうあるのよね。コミュニケーションありきで撮っててその土地の人と話して、良いところを引き出すみたいな。

そこからは逃げたくないというか、恥ずかしいこともあるじゃないですか。でもそうじゃないということを色々教えてもらいましたね、校長先生には。

GIMA それはカメラマンじゃなくても、街に出てコミュニケーションがだんだん少なく取りづらくなってる。こういう本をみてドキッとして、そしたらとりあえず行ってみて、そこにいる人に一言でも一回話しかけてみればその街の見え方が変わってくる。人が住んでいるのが分かるとね。

森下 「カメラマンとしてどうするべきか」という話は尽きないけど、やっぱりね、究極的には発見を発表することの連続で、どの発見を発表するのかはその人の個性だと思うんよ。

僕はローカルなところであったり、廃れている場所ですね。廃れている場所に行ったら良いというわけではないけど、今の社会と反対にある場所は感動しやすいから、そういう所をどんどん見つけていきたいですね。

GIMA この本を通してそう思ったんですね。

森下 そうですね。

「日本海」百々俊二
「日本海」百々俊二
1947年生まれの写真家 百々俊二が8×10の大型カメラをかついで、日本海に挑んだ作品。

アメ村の「きっかけを作る場所」

GIMA 今回はじめてクリエーターを集めてイベントをしましたが、そのきっかけになったのは「オレンジパークとして今後何をするか」について話し合ったことでした。人には「推し本」や「バイブル本」があって、仕事が違う色々な人のそういった話を聞いていきたいねという内容で。

するとモリシーが「まちライブラリー」について調べてきてくれて、それにオレンジパークも参加したいと思い、今回の座談会を開催しました。モリシー「まちライブラリー」について教えてください。

森下 「まちライブラリー」は海外にルーツがあって、小さいポストのようなものをたてて、そこで本を貸し借りしようという文化です。マイクロライブラリーとも言います。大阪市では天満橋にマイクロライブラリーの1号店があります。どんな場所に作ってもOKで、お寺、病院、自分の家でも良い。そこで色々な人との交流をします。

GIMA 本を通してコミュニケーションができる。その本の中の文化を継承していくこともできる。だから「まちライブラリー」をオレンジパークでしようと思っています。オレンジパークを「まちライブラリー」に登録して色々な人の推し本を置きます。

森下 「まちライブラリー」には本にメモ書きを挟むルールがあって、読んだ人が感想を挟んで次の人に渡します。

GIMA それ恋とか生まれそうだね。

森下 恋が生まれても良いね!友達ができても良いね。このコロナの時期なんで、集まりにくいとは思うけど、いまアメ村が元気がないように思います。僕らはオレンジパークを運営しているんですけど、本を通してアフターコロナに元気に集まれる場所としてまちライブラリーは最適なんじゃないかと思います。

GIMA 「きっかけを作る場所」としてオレンジパークを作ったので、本を通して会話や文化が生まれればなと思っています。

オレンジパークはアメ村でカルチャーの発信拠点として運営しています。誰でも気軽に使えて遊びにこれるクリエーターのサードプレイスとしてこれからも運営していきます。

勉強会・イベント・配信など「あなたがやりたいこと」でこの場所が変わります。興味のあるクリエイターの方はホームページから連絡をください。一緒に良いものを作っていけたらなと思っています。

ありがとうございました!

第3話の登場人物

森下大喜
フォトグラファー/ビデオグラファー
森下大喜
大学卒業後、ビジュアルアーツ専門学校を経て大阪の制作会社に就職。
写真・映像・3D制作の現場を学んだ後、2020年フリーランスとして活動開始。
同時期に大阪のクリエイティブチームであるピクセルグラムのメンバーとしても本格始動。企業や自治体のプロモーションに必要な写真や映像制作を手がける。
またコンパクトフィルムカメラを使ったスナップフォトを続けており、専門学校で学んだ表現写真の分野とも往来しながら活動している。

MC オレンジパーク園長 GIMA☆KENTAさん

ORANGE PARKとは?

ORANGE PARK(オレンジパーク)は、出会い・体験・発見があり、つくって・あそべて・発信できる「クリエイターのサード・プレイス」。動画配信やメディアを通した文化の発信拠点としても運営。本で人と人がつながる「まちライブラリー」をスタート予定!